「絵画の庭」国立国際美術館2010-02-07


「絵画の庭」ーゼロ年代日本の地平からー
国立国際美術館
2010年1月16日〜4月4日
国立国際美術館サイト






可愛い?
それとも不気味?
僕はちょっと苦手です。


奈良美智 《The Little Judge》 2001  個人蔵  ©Yoshitomo Nara photo: Yoshitaka Uchida  courtesy of Tomio Koyama Gallery

大原野は雪でした「紅い椿に白い雪」2010-02-06

大阪国立国際美術館で「絵画の庭」を観てきました。
http://www.nmao.go.jp/japanese/b3_exhi_beginning_garden.html
中之島も相当寒く、展覧会も相当寒く、消耗して帰ったところ、大原野は雪でした。

「紅い椿に白い雪」

家に帰って、しばらく寝込み、不思議な夢を観ました。
昨日観た映画「ゴールデンスランバー」と今日観た「絵画の庭」の絵がごちゃごちゃひっくり返るような不気味な物語。僕には映画も絵画も不気味だった。

京都大原野は雪景色2010-02-06

いつもと違う感覚に朝早く目が覚めました。
せっかくの週末、もう少し寝ていたいような。

ところが、起きてびっくり。
京都大原野は雪でした。
窓の外はちょっとした雪吹雪。


驚きと、雪前夜の感覚を捉えられなかった悔しさと。

立春過ぎて寒さは一番底2010-02-05

立春過ぎて、今が寒さの一番底?でしょうか。

先日、近くの京都西山の上の辺りが白くなりましたが、
里の雪景色はまだ観ていません。
ちょっとは観たいような
このままゆっくり暖かくなってほしいような。

本「先を読む頭脳」羽生善治 ,伊藤毅志、松原仁2010-02-02

「先を読む頭脳」羽生善治 ,伊藤毅志、松原仁(新潮文庫)

おなじみのポーズは羽生善治。史上初の7冠を達成した男です。この人は言う唸れば至極普通の人であり、特にずば抜けた知能を持っている人という訳ではありませんが、将棋の世界ではずば抜けた「先を読む頭脳」の持ち主です。7冠達成の新聞特集は我が家では大切に保管されています。彼のサインももらいにいったこともあるくらいの大ファンです。

将棋の世界で、いかに彼はこれほどの高い勝率を保ち続けることができるのか。羽生善治が話す、勉強法、対局で大事にしていることなどを興味深いことがいっぱい詰まっています。へぇーと驚くより、うんうんとうなづくことが多いお話です。

「持ち時間と思考」の中で、
《どんなに時間があっても、読みきれないものは読みきれません。ですから、仮に持ち時間が何十時間あっても結局、残りが一時間とか三十分にならないと踏ん切りがつかないのです。変な言い方ですが、時間はなくならないと意味がないのです》

絶妙な言い回しです。名人ならではの言い方です。僕は凡人ですが普段の生き方まさにこれです。残り時間はあとわずかと思いつつ、あれやこれやと踏ん切りつかず、ついでに道草ばかりです。ちょつと意味が違いますでしょうか。(笑)

本「日本辺境論」著作:内田樹2010-02-01

「日本辺境論」著作:内田樹(新潮新書)

今、本屋さんの一番目立つところに置いてあります。

大変好奇心をくすぐられて面白い、まさに「目から鱗的」なんですが、大先生に失礼とは思いますが、敢えて言うと、何処か詭弁を語っているような印象も感じる。つまり、初めに持論ありきで、その後はその為に、いろいろアトヅケをするというようなお話なんです。

でも、そんなことは今の僕にはどうでもいいことで、とにかく面白く脳を適度に刺激をしてくれればそれでいいのです。話はあちこち飛ぶは飛ぶは、雑学の宝庫です。

しかし「辺境論」の話になれば、「少し待てよ」なんていくつかの疑問もないではありません。世界史の中では、時代の中央から遠くに位置した国がいつのまにか世界の中心にのし上がった国はいくつもあるわけです。イギリス、フランス、ドイツしかり、アメリカだって辺境国でしょう。いや、中華思想丸出しの中国も辺境という捉え方もできます。

「日本語」の特徴には、まさに納得。内田先生の言いたかった所の核心は実はこの言語論ではなかったのでしょうか。サービス精神旺盛なんで、日本語だけでなく、ついでに精神論などもごちゃ混ぜにして、大きくまとめてしまったんでしょう。この方が売れますから。

まぁ、とにかく、面白かった、それにつきます。日本という国、日本人をこれほど多角的にばっさり論じてくれると、これからはこの「日本辺境論」抜きにして日本を見つめられなくなってしまいます。内田先生の最大の狙いは、持論をスタンダードにするということでしょうか。

東のエデン2010-01-31

「東のエデン」公式サイト
http://juiz.jp/blog/

「東のエデン」を京都みなみで観ました。さすが、ほとんど若い人ばかりです。男の子グループ、女の子グループと数人連れだっているようです。その中に僕のようなのがいると、少し異質かもね。

テレビアニメ観ていません。最初は少し戸惑いましたが、すぐ物語の展開について行けました。この種の内容は得意分野ですから。

さぁ、いよいよおもしろくなってきたと思ったとたん、ブスっと映像が切れました。

「えっ! もう終り?」

というわけで、この作品は、途中でばっさり切って、一部、二部と分けたようです。どうしてそうなったのかはわかりませんが、これじゃ、次の第二部も観るよりしかたがないじゃないですか。二部は一月公開予定でしたが、3月に延びています。

テレビアニメは観ていませんので、帰り、ツタヤに寄りました。とりあえず2枚レジに持って行くと、返却期限の切れたのが一枚ありますので、返すまで借りれませんよと丁重に言われました。

ああ、「ウーマン オン トップ」返すの忘れていました。お高いペネロペ・クルスになりました。


「cochiのArt-Mill」へもどうぞ

牛の鈴音2010-01-30

先日観た映画でふと思い出しました。

日本では農耕用として、西日本から中部地方までは牛が使われています。田を耕す牛の絵でしたら、ほぼ西日本方面の絵にまちがいありません。それに対して東および北日本では馬が農耕用として使われています。サラブレッドのような大柄ではなくかなり小柄な馬ですが、この区分けは明治の始めごろまではっきりとあったようです。

今のような機械化される以前ははっきりと生活スタイルが異なっていたことが想像できます。南北に長い日本ですから、生活文化の差異が生まれるのは当然としても、農耕用家畜にくっきりとした区分けがあるとは驚きです。牛と馬、全然性格が違いますね。「大らかな牛」、「繊細な馬」というのが僕の持っているイメージです。

農耕に牛を使う西日本、馬を使う東日本と大きく分かれる日本ですが韓国では、馬を農耕に使うことはないのだろうか。単純にふと疑問が湧きました。朝鮮半島とはいえ、大陸と陸続きです。古くからの騎馬民族的なイメージを想像します。

ちょっと余談ついでに、作品登場の牛は「赤牛」でしたが「黒牛」は一般的に使われていないのでしょうか。

さらについでに、長く人間と暮らした動物の表情は、限りなく飼い主に近づくなぁと思ったことです。あのおじいちゃんと牛の表情はほぼ一体化していました。

うちの猫もほぼ同じ飼い主と一体化しています。

“奇跡の映画”と言われる『牛の鈴音』
http://trendy.nikkeibp.co.jp/article/pickup/20091217/1030596/


「cochiのArt-Mill」へもどうぞ
http://cochi1228.exblog.jp/13557767/

本「意味がなければスイングはない」著作:村上春樹2010-01-28

久しぶりに「村上春樹」です。「意味がなければスイングはない」

ピンクの表紙にターコーズブルーの帯。いいセンス?です。

帯に書かれた文章に注目。
「音楽についてそろそろ真剣に、腰を据えて語るべきではないか」
えっ?今までたくさん「村上春樹」の音楽談義は読みましたけど。

裏の帯の文章。
「音楽、その個人的体験は、それなりに貴重な温かい記憶となって、僕の心の中に残っている。あなたの心の中にも、それに類したものは少なからずあるはずだ。・・・。だからこそおそらく僕らは恋をするのだし、ときとして、まるで恋をするように音楽を聴くのだ」
ちょっと歯の浮くような言葉だが、それを平然と語るところが「村上春樹」です。

彼特有の一人称「僕」ですが、最近この一人称「僕」が気になっています。「私」ではない「僕」です。この危うい頼りない、そしてどこか優柔不断の印象を与える「僕」という一人称を何故、「村上春樹」は使うのか。
春樹は確信犯的に「僕」である。

「村上春樹」は「スガシカオ」の歌が好きだと、この本の中で書いている。CDを聴きながらドライブするそうである。

一番のお気に入りは
「ぬれた靴」だそうだ。
http://www.youtube.com/watch?v=xUyxmOsemyE

BEST THE BACK HORN2010-01-27

TSUTAYAでレンタル。

「美しい名前 マッチVer.」彼らにしてはめずらしいメロディ。
マッチの炎が何処か懐かしい.
ちょっと泣けます。
http://www.youtube.com/watch?v=rl71XFumXLo